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広告とかwebとかプログラミングやら

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作者別: you88 (2ページ / 2ページ)

音声UI(VUI)が台頭する時代にどうプロダクトづくりをしていくか

最近googlehomeを使っていて本当に便利だなあと思った。買う前になにを具体的にやろうかとリストアップしたんだが正直そこまで使う機会無いなあと思いつつも一応買うみたいなテンションだったがいざ使ってみると生活が変わった気がする。といって僕は音楽聞くのとchromecastの操作とアラームぐらいなんだがやはり数秒でも早くなるともう戻れなくなる。これから本格的にVUIが浸透してくるんだろうなと思いつつ、僕らプロダクト作る側はなにを意識しないといけないのか考えてみた。

今までとは違うUIの作り方

今までのGUIだと

  • 選択肢を見せて
  • ユーザーに選ばせる

が基本だったがVUIは見せることができないのでユーザーがもともと知っているものに限定される。新しいコンテンツを選ぶみたいなことが難しく、コンテンツリコメンドの精度やもともとリストを持っている所が強い。例えばVUIを起点に音楽サービスを展開しようとしてもspotifyのほうがそのユーザーのすきな曲のリストを持っているのでユーザーが音声で選びやすい。

また何ができるのか想像しやすいものでないと難しい。(提示がその都度できないので)

広告ビジネスはどうなるのか?

音声での広告というとラジオを思い浮かべるがラジオのようにコンテンツの中に挟み込むのはありだがAIスピーカーで起動するのを早くするツール系のサービスは広告を挟むのが難しい(広告が来ると時間がかかり本末転倒)基本webサービスは広告ビジネスを行ってきたがここは大きく発想を変えないと難しそう。

  • AIスピーカーでの用途で終わらないであくまで補助のもの
  • 音声コンテンツを提供するもの
  • サブスクリプションモデルで課金させるもの

が増えそう。

入り口を数社が握るということ

スマホでもそうだがAIスピーカーでも専用端末が入口になるため数社が寡占するだろう。その中でどう生きていくのかが重要。

自分の経験を振り返ってどれが一番良かったか考えてみた

もう2017年も終わるなあと思い、今年なにやったっけーと考えていたんですが僕ももう29で20代最後の年末なので人生ごと振り返りたいなあと思いました。(振り返りすぎかもしれない)色々あったような無かったような。

大学をコスパで決めた

自分は中央大学出身なのだが決めた理由はコスパだった。3年のころ勉強していなくてひどい成績だった。正直地元の名前書けば受かるようなところに行きたいなと思っていたのだが親がマーチ以上じゃなきゃお金出さないぞと。大学は人脈と学歴を買いに行くところだからマーチ以上じゃなきゃコスパに見合わない。高卒で働けと。なるほど。それはお金出す側からするとまっとうな考えだなと思い、どうにか間に合う方法を考えた。

よくよく調べると中央大学の総合政策学部は国語と英語の2科目のみでしかもマーク式だった。これだったらオレでもいけるかもと思い、過去問を解いたがそりゃそうだが他の学校よりかなり問題数も多いし、平均点が高い。ただこのひたすらスピードで勝負するのは自分に合っているなと思い、ここ一点突破で受験した。結果は成功で数ヶ月の勉強でなんとかキャンパスライフを手に入れることができた。

わりかし、このときの戦略を考え、リソースを集中させる考え方は今でも役立っている。我ながらいい判断だったなと思っている。

バンドがチームのものづくりの面白さを教えてくれた

大学になぜ入りたかったか。それはバンドをしたかったからである。自分はベースを弾くのが好きでなおかつ曲作りが好き(今でも)

こんな感じの曲を書いている。この時人を誘い、曲を作るようになった。自分の曲作りの仕方は歌とギターコードつけてあとは丸投げする。各々のパートが肉付けをしていく。そして一緒に合わせながらあーだこーだいって作っていく。自分の思い描いていたものと違うものを違う人間が作り、そしてあわせていくと自分一人では想像できないものができていく。この面白さに惹かれていった。この経験がチームで物をつくる楽しさに目覚めた原体験だった。これはサービスづくりにもすごく共通している。

売れまくったぷち事業

学生の頃フリーペーパーを発行して売りまくっていた。理由は事業を自分で作ってみたかった。そしてホットペッパーなどのフリーペーパーを見ていて入り込めると思ったからだ。ホットペッパーなど飲食店のフリーペーパーはよく見かけると思うが、実はまあまあな値段がするし結構範囲が広い。正直わざわざ電車で行くような飲食店じゃないとコスパが見合わない。しかし、飲食店の殆どは商圏がさほど広くなく、1枠に数十万も払えない。なんでホットペッパー達がそこをカバーしないかというと会社である以上利益率の高いところをとるのが定石だからだ。印刷代よりも営業コストのほうがコスパが悪い。できるだけ高い案件を取り、部数を伸ばしたほうがいい。そこで会社という形式だとカバーしきれない商圏が狭く、数万規模で広告したい飲食店を主にフリーペーパーを発行した。これは非常に当たり、かなり売上をあげた。(とはいっても大した事ないが)この経験もビジネスというのはこういう局所戦もできる、大きさだけじゃないと思えていい経験になった。

起業も選択肢に入れた結果、大日本印刷にいった

よくなぜwebに関係ない大日本印刷に入ったのか?と聞かれる。たしかに他のweb系の企業でYなどから内定が出ていたが大日本印刷にした。理由は将来起業する可能性があったから。このときは可能性があったで確信ではなかった。ただ将来企業する時、自分の時代はwebだけで完結する事業ばかりではなくなっていること、あらゆる業界を知っておきたいなどの理由から下記の条件で探した。

  • toBの営業であること
  • あらゆる業界にリーチできる業界であること
  • 複数商材をあつかっていること

その条件だと大日本印刷は適切だったし、実際いい選択肢だったと思う。2年半ほど働いてやはり事業を作ってみたいと思い、起業した。

起業して全部すっからかんになった

起業した当初はなぜか根拠のない自信があってできるものだが、それが虚像だったなと知るのに時間はかからなかった。。。ただ幸運なのは一緒に創業してくれるエンジニアがかなり早い段階で見つかったことと彼といざこざが一切起こらなかったことである。人間関係が一番大変と色んな人から聞いたが自分は幸運にもこれは当てはまらなかった。しかし、事業はどれも小さく稼げるだけで大きい事業になりそうなものは生まれなかった。2年ほどたってやりたい事業のネタがつき、あきらめることにした。この時経験と共同創業者という友人以外本当になにもなくなりすっからかんになった。今思うと清々しいほどの失敗だった。

あまりリスクを感じなかった起業

ただじゃあこの起業をしないべきだったかというとそうは思っていない。この起業のおかげでこの後ピクシブにプロダクトマネージャーとして入社することになった。正直大日本印刷の営業からここにいくことはできないと思う。起業するときに正直失敗した時どうなるんだろうと想像した。しかし、その頃IT企業でコア事業が成熟化し、複数事業をやらないといけない企業が増えてくることは容易にわかっていた。そうなると事業の戦略をたて、組織を統率する人間が必要になってくるがそのスキルを磨くのに最も適しているのは起業してしまうことだと考えた。つまり、たとえ失敗しても事業の戦略をたてる、組織を統率する、そういったスキルを起業時に身に着けておけば失敗してもいく場所に困ることは無いだろうなと考えたのである。なのでリスクをそこまで感じていなかったし、実際思った通りの結果になった。

プロダクトマネージャーとして就職して

プロダクトマネージャーになり、まずは教育サービスを見た。プロダクトマネージャーとして事業を見るのと社長として事業を見るのはかなり共通点があるとは言え、もちろん違うところもあった。一番適応に時間がかかったなと思うのはサラリーマンのプロダクトマネージャーのメンバーは別にそのプロダクトマネージャーの思想に共感したわけでもその人と働きたいと思って入ったわけでは無いということである。起業した場合、入ってくれた人は多少なりとも自分を認めてくれた人だから組織の運営は最初からある意味信頼関係を気づけている状態になっている。しかしプロダクトマネージャーはそういうわけではない。信頼を築くことから始めないといけない。もっと言うと相手は自分の戦略、思想に共感できない人かもしれない。

仕事する上で当たり前のことではあるが社長の場合、自分にあった環境にできてしまう(それがメリットなんだが)しかし、サラリーマンの場合そういうわけにもいかない。これはすごくいい経験だった。

もともと他人の事を結構気にする方ではあったがかなり意識していったおかげで変わった気がする。下記をとくに気をつけるようになった

  • 戦略を理解してくれない、何度言ってもわからないはメンバーの責任ではなくマネージャーの責任。何度でもコミュニケーションを取らないといけないし、コミュニケーションにコストをかけることを惜しんではいけない
  • あらゆる職種に理解を示し、自分から歩み寄る。自分はエンジニアではないから分からないと投げたらコミュニケーションは取れない。時間の許す限り、他の職種の勉強もし、メンバーが自分への説明コストを下げれるように心がけるようになった。(今そのおかげでプログラミングは結構できるようになった)
  • メンバーが言ってくれなかったは通じない。いろんなことから察するように心がけた。最近残業が多くないか?タスクのモチベは上がっているか?口頭で説明した際の表情はどうだったか?

全部の経験が一貫していた

色々書いたがどれも一貫しているなあと思ったのは自分はチームでものづくりするのが好きだし、ずっとそれ関連をやっているなあと思った。今後も続けていきたいし、続けていけるようにスキルを磨きたい。

KURASHIRUとcookpadでwebサービスの潮目を感じる

最近趣味でKURASHIRUとcookpadについて調べてて2-3年前から出始めてたwebサービスの潮目をよく体現した現象だなと思ったのでまとめてみた。

結論から言うと今までcookpadのようにCGM+コンテンツマーケティング(SEOメイン)がwebサービスのメインの勝ちパターンだったけどアプリに主戦場が移り、コンテンツが検索エンジンに引っかからなくなりプロモーションと第一想起がより重要になっているなあと思った。

これはもう3-4年前(いやもっと前か?)から起きていたけど同じ業界でcookpadをKURASHIRUが追い上げているのがこの現象をより体現しているなあと思った。今後も色んなカテゴリーでこの現象は起こり続けると思う。

そもそものwebサービスのコンテンツについて

そもそも昔から続いているwebサービスってCGMがめちゃくちゃ多い。なぜかというともちろんそれでネット特有の面白いコンテンツが生まれる、よりユーザーが参加できるというのもあるが、単純に昔はweb業界にコンテンツをオールドメディアに勝てるほど作れる所が無かったってのが一番だと思う。CGMという原価がほぼ無い方法でないと収益とコンテンツ制作費が見合わなかった。

しかし、今webサービスの収益性はアドテクの進化とメジャー層へのリーチの広がりでかなり改善された。そのためKURASHIRUのようにある程度コストかけてコンテンツを作っても収支が見合うようになってきた。

コンテンツの量=マーケティング力だった時代

またwebの流入の割合で検索流入がめっちゃ全体的に多かったのも大きい。コンテンツの量が多ければ検索エンジン上で引っかかるページ(入り口)も多くなるのでコンテンツの量がそのままユーザーへのリーチになっていた。つまり昔はひたすら低単価でコンテンツを作り、検索エンジンの海に放り込んでいるのがマーケティング効率が良かった。

コンテンツの量から質やマッチング率に移っている

しかし、アプリの世界ではコンテンツは検索で引っかからない。そのため上記の情勢が変わった。コンテンツの量が入り口の量だったのである程度の数が必要だったため同じようなコンテンツが重複しているのもむしろ良かった。しかし、それらのメリットが低くなり、量よりも質の高いものにのみ接触できることが重要になってきた。

business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/082300723/?P=2

堀江:クックパッドには200万レシピが掲載されています。よく投資家に「置き換えるって言うけど、全部動画にできるの?」ってよく聞かれるんですが、僕は「それは違う」と反論します。料理と食材で、1000通りも想像できないですよね。1000通り想像できたとしても、それぞれに10のレシピがあれば、十分、消費者は満足できるはずです。グーグルで検索して実際にクリックするのって、上位10件くらいでしょう? つまり、動画が1万本あれば十分なんです。クックパッドの200万レシピのうち、トラフィックが集まるのは上位1〜5%のコンテンツだけですよ。残り95%以上は要らない。動画化する必要なんてないんですよ。

腹落ちしかしない記事だったが、コンテンツはマッチングしているコンテンツが1つあれば事足りる場合が多い。(ただこれはエンタメ系とhowto系で大きく違う。)今まではマーケ的な価値があったのでコンテンツの量がある程度重要だったがアプリの世界では量ではなく、質やマッチング率の方が重要。

promotionの殴り合い

アプリの時代である現在ではpromotionが重要であり、どう獲得コストを抑えるかの勝負になってきている。しかし、CGM+検索エンジンで大きくなった企業の中にはどうもこの動きについていってない所が多い気がする。今後promotionを事業戦略の重要部分に置けない会社、もしくは精密に戦略をひけないマネージャーのプロダクトは相当厳しいと思う。

徳川家康と私

かなり戦国武将が好きで常にwikipediaで戦国武将ページ見ています。その中でも徳川家康がすごく好きです。

徳川家康と言えばあの江戸幕府を作った人間ですがその功績の割には人気無いなあと思われるかもしれません。なんか判官贔屓というか真田幸村人気に比例して不人気な気がします。

なんでそんななか徳川家康が好きになったかというとセンゴク一統記の13巻をよんだからなんですね。これを読むと小牧長久手の戦いという一見地味めな戦いの重要性や徳川家康の裏の苦悩と家臣団の絆が分かって感動できるわけです。

ちなみに家康が家臣に戦いをやめたほうがいいと言われて家康はこのままではまた主人に怯えながらくらす毎日だ。みたいな事を言う場面があります。家康と信長は同盟を結んでいましたがほとんど属国と言って良いレベルで平等ではありませんでした。家康なりに今までの境遇に満足していなかったんですね。それが信長の死でひっくり返す場面がきたので多少無理してでも戦いたいわけです。史実でもこういったやり取りは実際あったんじゃないかなと思います。

その言葉にうたれて家康の家臣団は命をかけて従うと答えるんですが家康は命をかけるんじゃなくて殺せって切れて机を叩き割るという行動を取ります。(よくよく考えると意味分からないがw)なんでかわからないですが僕の中で将来やってみたい行動のひとつになりました。

こういうどっちに転ぶか分からない決断で理論で説得できないたぐいのものも組織の中ではたくさんあります。そんなときに組織を一枚岩にするのは上の覚悟と信頼なのかなと思いました。家康って石川数正ぐらいでほかはほとんど部下が裏切っていないんですよね。かなり長い間。しかも家康の土地は圧倒的に家康の権力が強いわけではなくいわば寄り合いみたいな集団でした。そんななかこの結束力ってとんでもないなと。

僕はその結束力は家康が自分より組織を重んじると信じられる人間だったからだと考えています。信康事件と言って信長に謀反を疑われて長男の信康の首を差し出せと言われる事件がありました。これ証拠も特にない状態で長男の首を差し出せって相当ひどい仕打ちだし切れていいと思うんですが家康は従うんですよね。その時は信長の勢力が強かったので家康は家を重んじて自分の子供の命を差し出すわけです。ここまで組織に尽くす人だったらちゃんと私欲にかられずに判断できるだろうと信頼を得られるわけです。

この自分よりも組織を重んずる、常に客観性を持ち未来を考え意思決定できるリーダーってやっぱりすごいなあと思うわけです。

こんな人間になりたいですなあああ!

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テーマの著者 Anders Norén.